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別れ

東日本大震災の次の日に自分の婆ちゃんが亡くなった。
その日はいつもはやんないんだけど、バイト先で常にiPhoneでツイッターを見るようにしてた。それはその時まだ判らなかったaoさんやとんびさんがもし無事ならツイッターでつぶやくかな?と思ってだった。そしたら夕方の6時過ぎにウチの従姉妹から@でつぶやきとDM来てそれで知った。

それから緊急なのでバイト先でお金借りて、それですぐに新幹線のチケット取りに新宿駅のみどりの窓口へ行った。行く途中に地元の友人から携帯に電話入ってて出ると地震そっちは大丈夫か?って事だった。こっちは無事なの伝えて、明日こういうワケで急遽そっちに帰る事伝えると迎えに来てくれるそうなので助かった。

そういうことで前日は地震で2時間程度しか寝れず、早朝7時前の新幹線発での出発なのでこの日も2時間程度しか寝れなかった。新幹線の中で寝れるかな?と思ったけど、大して寝れなかった。
熊本に着いたのは夕方の5時40分。そこから車で1時間弱でウチの本家の家に帰った。みんな通夜会場にいるらしいのですぐにそこに向かった。

会場では親戚の人らに10数年ぶりに会ったりした。婆ちゃんの遺体は眠ってるようにキレイだった。線香をあげたらものすごく光ってたので喜んでくれてるのかな?と思った。それから少し親族の人らに挨拶して、本家の方に戻った。ウチの親父もそこの自分の部屋で寝てたので帰ってきたこと伝えた。
そこで従姉弟とも2年以上ぶりに会ったんだけど東京の様子とか聞かれて案の定だけど今東京に戻るのは危ないのじゃないのか?って話になった。それでも自分が『バイト先にお金借りて戻ってるんだし(これは話前後するけどウチの親父が出してくれてちゃんと帰ってすぐに返した)、仕事も人いなくて大変なのですぐに戻るよ』と言った瞬間にウチの婆ちゃんの遺影の写真の前に置いてあった花瓶が真っ二つに割れてビックリした。本当に自分が『帰るよ』と言った言葉発した瞬間だったので。自分は婆ちゃん子だったので従姉弟も婆ちゃんが帰るなと怒ってるよと言ってた。自分も怖いと言うよりも怒られたって感覚に近いものを感じてた。花瓶はとても分厚いやつちっとやそっとじゃ絶対に割れないような花瓶だった。

そういうことで次の日は火葬場や葬式ってのを初めて親族の立場で体験したりした。
自分は両親よりも爺ちゃんと婆ちゃんに育ててもらったと実感してるので、正直こういう立場になるともう号泣して立てないくらいになるのでは?と昔から思ってたけど、爺ちゃんの方の気の落ちようがそれ以上だったので、そういう事は無くずっと爺ちゃんのそばにいるように努めていた。せめて帰るまででも一人にしないでいてあげようと思って。葬式の朝に爺ちゃんがつぶやいた『寂しさの質が今までと違いすぎる』との言葉が今でも心に残ってる。前日の震災の夜に無事なのを伝えた時は入院してた婆ちゃんは大丈夫、と言ってて、親族の人も普通に食事してたと言っててまさか突然こういう事態になるとは思ってなかったのだろう・・・

そういうことで色々とあったけど、日曜に帰って木曜に東京には帰ってきました。
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